急性の左背部激痛

 

25才、男性(飲食店勤務)、急患で来院

体型は中胚葉型

主訴:左背部の激痛(第6、7、8肋骨部付近)

現病歴:2時間ほど前にスーパーへ食材を買いに行き、台の上にあった玉ねぎを取ろうとしたら突然左の背中に非常に強い痛みが走り、すぐに激痛に変わり買い物は中断。そろりそろりと歩き何とか駐車場までは行けたが、激痛のため車に乗れない、立っているのがやっとでまったく動けない。20分ほど車にもたれじっと立っていたら少し動けるようになり父親に電話し当院まで運ばれる。

 

所見:激痛のためまっすぐに歩けず、横歩きでそろりそろりと治療室に入る。

体は直立のままで体勢を変えられず、服を脱ぐのも困難。

深呼吸してもらうと強い痛み。小声しか出せない。

動くと激しい痛みが出るので立位で検査することにした。

 

体幹(胸椎全体)の屈曲、伸展はほとんど不可でわずかに回旋できるのみ

左上肢挙上、外転不可、痛みのため上肢は動かせない

左背部全体に筋スパズムを認める

僧帽筋、後頚筋はガチガチに硬くなっている

左上肢神経症状(−)

 

疼痛部位から考え頚椎からの神経根性疼痛はないとは思ったが念のため頚椎部の整形外科的検査を行う

頚椎コンプレッションテスト(−)

左スパーリングテスト(−)

その他頚椎の各運動での疼痛誘発なし

→やはり根性疼痛ではなさそうだ

聴診にて呼吸音の異常はなし

背部の浅筋群を触診、押圧しても疼痛誘発はなし

局所の発赤、発熱、腫脹はなし

同部位への既往歴はなし

 

「急性の左背部深筋の挫傷」と判断

この状態ではベッドに寝ることもできず、動きで激しい痛みが誘発されるため坐位で治療することに。

自分で服を脱ぐことができないのでゆっくりと手伝った。

経験上こういう激しい痛みの場合は通常の鍼治療よりも耳針のほうが劇的に痛みが取れることが多い。

本人にそのことを説明し同意を得たので耳介療法をすることにした。

急性疼痛の場合は器具による電気的探索で刺針ポイントを探すより圧診パルパーで探索するのが基本。

イスにそっと座ってもらい左側の耳介に対し圧診パルパーで数カ所チェック

神門ポイント、上部頚椎ポイント、肩ポイントに圧痛著明

上記3ポイントに3番針で刺針

圧痛部に刺すので痛がっている(これは手応えあり)

置鍼したままそっと左腕を挙上させるように指示

本人はこわごわ挙げる

→ゆっくりと挙上できる

次は肩甲骨をゆっくりと回すように指示

→回せることができる

次に歩いてもらう

→まっすぐ歩ける

本人はかなり驚いている(先ほどはカニのように横歩きしかできなかったが)

置鍼したままそのまま治療院内を往復で歩いてもらい動きに慣れてもらう。そして体幹をいろいろな方向に動かしてもらう

→動ける

→痛みも激減したことに本人はさらに驚いている、笑みもこぼれている

 今度はカルテを記入している間、さらに置鍼したまま5〜8分ほど歩きながら体幹を動かしたりしてもらう(歩ける、動けるということを脳に認知してもらうため)

→本人は痛みがないか恐る恐る確認するように体幹部を大きくグニャグニャと動かしながら上肢もあらゆる方向に動かしながら歩いている。

かなり効いている様子だ

 

再度イスに座ってもらい抜針し、円皮針を貼り持続的な脳への疼痛抑制の入力を図る。

本人に痛みの変化を聞くと10→2か1くらいになったと大変喜んでいる。

帰りには服も素早く自分一人で着て、笑顔で会計へ

歩いても、体を動かしても、もうほとんど痛くないとのこと。

検査を含め20分ほどの治療で終了した。

翌日、本人より電話があり、その日の晩にはライブに行けたとのこと。

今は患部に違和感が少し残っている程度で仕事もしている。

 

考察:

急性の激しい痛みの筋挫傷や筋々膜性疼痛に対しその場で耳針刺入の直後に著効を示す症例は数多く経験しており、一般的な鍼灸よりも耳介療法の方が鎮痛効果は高いことも多い。

経験上、その場ですぐに50パーセント以上痛みが除去できれば患者に喜ばれる。

急性期のこのようなケースではまず消炎鎮痛が第一であり、ノジエ先生いわく耳針には鎮痛のみでなく消炎効果もあるとのこと。

患者にとって最も苦痛なのは痛みであり、まずは痛みを取ってあげることが大切。

一般鍼灸(体針)や徒手療法による根本的な筋バランスの調整や患部の治療などは急性疼痛期が過ぎてからでも決して遅くはない。

本症例では耳針翌日にはほとんど治っていることと、わずかな動作で受傷しているので筋挫傷自体は軽度で、それによる筋スパズムが強かったために激しい痛みが出たと考えられた。

神門のポイントは精神、神経的問題に効くことが多く急性の強い痛みや不安の除去に使用する価値は十分にある。

ただし、本症例よりも外力や自己筋力による筋挫傷が強い場合には、もちろん組織修復に時間が必要なので、もう少し日にちがかかることが一般的であることを付け加えておく。